どこもかしこもひかりごはん

どこもかしこもひかりごはん

5/26

 

 

すごい深い眠りにいて、ハッと目が覚めた時には暗い水の中にどっぷーん、と落とされているような感覚だった。

なにをしたわけでもないけど疲れていて、横たわった先は自分のベッドで、体に馴染んでいて、

身体の感じることって残酷だなあと思った。

 

 

先週はえりぴょんの家に3泊もしていた。

つらい気持ちになったり、安心したり、何度も何度もわんわん泣いていた。その度に、だーいじょうぶだよなんとかなるんだから、と、どっしりと受け止めてもらっていた。

いつもありがとう 友達がいなかったらわたしはどうなっていたのだろうか。

 

さっちゃんも居て、美味しいものをたくさん一緒に食べたり、おまじないをしてもらったり、タロットをやったり、お誕生日を祝ったりした。

 

 

夏が嫌だと思うのって、タオルケットが軽いとかだよねー、と言ってたえりぴょんの言葉を何度も思い出す。

 

 

スカスカしていなくて、なめらかであたたかくて、布団の重さのような心地良さを感じていたい。

人と過ごすことも自分の時間も、スカスカカラカラしているのはつまらないし、そこに生活を大切に想うことなどのカケラもない。

そういう時が訪れそうになったら、完全にだめなものになる前に、そこにぐいっと楽しさとか嬉しさとか温かさを注入する。こっちのほうがいいよねって

そういう暮らしをやってきて、やっている人を見てきたんだ。

 

 

あるようでないような、でもちゃんとある現実がわからなくて、何度も落っこちてよじ登る。

せっかくよじ登っても、足元は脆い。

 

 

痴話喧嘩程度だったのかもしれないけど、わたしにとっては、そこにおさまるには足りないものがたくさんあった。冷たさも不安も傷も、自分の暮らしには必要がなくて、ひとときのことでも拭うためのちょうど良いものがなかった。そこら辺におっこちてるのは、いつまでも吸水性の悪い台拭きみたいな。

 

 

 

こうなってみて、

わたし、最近全然しっかりしてない。

あんなにちゃんと立って踏ん張ってがんばってたのに、今はなにもそういうのが無い。

頭の中までちゃんとニートになっちゃってる

人のこと考える前に、自分を大事にしなきゃ

 

 

 

今日はえりぴょんとゲームをしながら電話をして、夕方に学芸大学駅の本屋に行った。

ちょっとぐちゃっとした本屋落ち着くわ〜って、パラパラ立ち読みをした。

 

みんなで作った氷コーヒーを自分でも作ろうと思って、インスタントコーヒーを買って帰る。

 

うきうきと家に帰って、インスタコーヒーを溶かすために、お湯をいれた容器にサーっと流し込んだら、ドリップ用のコーヒーで振り出しに戻りました。一瞬、目をつむって「全部溶けますように」って唱えたけど、さすがに魔法は使えなかった。さすがに。

 

 

バターチキンカレーが食べたくて作ろうと思っていたのに、急に睡魔と頭痛が襲ってきて死にかけた。シャワーをさっと浴びて就寝スタイル。

 

 

わたし、一人暮らしみたいだなあ

 

 

 

ぱふぱふしてる

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